説明

こちらは、ビーズアート・天然石ブレスレット制作販売Art & Craft NAUS(ナウス)です。
といっても未だネットショップを展開できておりません(^_^;)なので今は、制作の日記を中心に活動しております。
今年度中にネットショップを展開できるように只今勉強中のrevy。今後どうなってゆくのかこうご期待ください。

最近は大体毎日更新していますが、土曜、日曜は外出気味なのでブログアップはお休みしてます。
更新時間はちょっとまちまちです。

最近はビーズフィギュアという新しい分野を開拓中です、こうご期待ください。

2012年12月28日金曜日

イタリア・フランスの旅 2

昨日の記事で一か所訂正箇所が見つかりました(汗)

行きの飛行機はフランスは経由していなかったとの指摘を夫から受けました・・・
思えばアリタリア航空で飛んでったわけなので、フランス経由するわけないよね。



すみません、やっぱり寝ぼけてました(-Д-;)




そんでイタリアの二日目では、ローマ市内の観光でした。
まず、バスから先に見えたのはこちらの建造物。

コンスタンティヌス帝の凱旋門です。


代表的なローマ建築で、
古代ローマ時代…西の副帝だったコンスタンティヌスは312年、
当時正帝だったマクセンティウスに勝利し、その勝利を記念して建てられたものだそうです。

そしてその奥に立っているのが、


コロッセオです。人に比べて大きいですね~!!
当時の最高の技術で建てられた競技場・・・
ここでは、奴隷たちや猛獣などの死闘が繰り広げられていた場所なんですね。

中に入ると、いきなりくらいです。
この日はちょっと曇りだったので余計にか夜みたいになってました。


あんまりくらいせいでカメラのシャッタースピードが落ちてしまい、ぶれてます。
よく見ると柱の至る所が陥没していますが、これは戦争で鉄が足りなくなったさいに
鉄の楔(石と石を鉄で止めてたので)を引き抜いて材料にしたのだそう。

そのほか、コロッセオはもっと白かったのだとか。

大理石で綺麗に覆われていたのに
教会を作るためなどやはりみんな持っていかれちゃったようです。
ここの石は良質だったんですね。

ちなみにここの石はバチカン市国のサンピエトロ大聖堂にも使用されています。
中世、闘技場として使用されなくなってからは、採石場の役割を果たしていたそう。


栄華を誇っていた時代の影・・・

ここでは娯楽として、普通に殺し合いがなされていた。
しかも、最終的に勝ち残った奴隷でも皇帝が死ねって合図したら殺されちゃう。

皇帝の好意で生き残った奴隷は、ほんの数%しかいなかったとか。

一体ここで何人死んだんだろうと考えると、少し空寒い気持ちにります・・・
今では考えられないですね。


そして征服と戦いの歴史が、技術を発展させていったんですね。
コロッセオが出来上がったのが、紀元後80年。
そこからずっと残ってるとは・・・


上から見たコロッセオ中心部です。
最初に見たとき、どこで競技が行われていたのか分からなかったのですが、
この楕円形の円の部分、そこにいくつもの柱があるのが見てとれます。

実はこれ地下階の部分なんです。


反対側から見ると分かります。
この手前の平たい地面のところが競技をしていた場所で、(最近復元されました)
奥に見える場所は、地下階だったんですね。この時の説明で、初めて知りました。

しかもこの地下階、よく見ると等間隔に柱が並んでいます。
これは闘う奴隷を上に上げたりするエレベーターだったそうです。

派手な演出を好んだんですね。

それだけ市民も皇帝も熱狂するものだったのだろうと思います。

地下階を間近でみた感じ。苔むしてて怖いよ・・・

コロッセオというのは、雨の日でも競技が見れるように雨よけを使用したりと
全天候型の施設だったそうです。


だけど、後々ここでは公開処刑やら殺人が多く行われた場所だけあって、
ものすごく怖かったですね。



なんていうか、凍てつく殺伐とした場の雰囲気に心が締め付けられるかのようで。



14代ローマ法王によって神聖な場所として保存されることになったようですが、
「鎮魂」のために神聖視されるようになったのかなと思いました。



そんな感じでちょっと複雑な思いをコロッセオに抱きつつ、
次の目的地へ移動です。


次はサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。
ここにはですね、かの有名な真実の口が保存されています。

もう、ローマの休日の影響で鼻とか口とか触られすぎて
主に鼻の穴がおっきくなちゃったアイツです。

ローマの小さな教会なんですが、真実の口が有名になったおかげで観光客が増え
管理費のために2ユーロを徴収するようになってからは、
年間を通して一番儲かっている教会になったらしいです。




写真載せたいんだけど・・・単体で真実の口を撮ること出来なかったので、


この写真で(笑)
顔出すのは恥ずかしいので、一応変な風に加工してみた!!

長年いろんな人に触られた結果、本当に鼻がでっかくなってます。
元々は下水溝のマンホール扱いだったのが、教会に飾られているんですね。
海神トリトーネの顔なんだそうです。




そういえば真実の口って、日本でも観光地でよく見かけますよね。




業務用占い機で。
しかも出てくる結果がすべてカタカナで読みにくいっていう残念なクオリティ・・・



四国のさびれたタワーの上に鎮座していたのを見かけましたが写真は本家本元です(笑)
今は写真の枚数も制限されていて、一人二枚しかとることが出来ません。
年ごとにたくさんの人に触られ続けている影響ですね。




私はどっちかっていうとローマでもこういった小さな教会を巡るほうが好きかもな~
後にバチカン市国のことも書きますが、
あの豪華さは上を見過ぎてて気持ち悪くなるほどでしたので・・・

なんていうか、豪華すぎてドヤッ!!!っていう感じが前面にあらわれてて
気おくれしてしまいまいた・・・



そんな感じでこの後、トレビの泉&スペイン広場へと移動していくわけなんですが
特にスペイン広場は衝撃でしたね。



バラ男と、ミサンガ男がパンチききすぎなんです。
もうキャラ濃いってもんじゃないです。





ということで今日はこの辺で洗濯物を干してきまーす。
続きはあした、今日は家の片づけをやらねばです。


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2012年12月27日木曜日

イタリア・フランス旅 1

昨日の夜、私の社宅第一階段、および第二階段だけピンポイントで停電しましたよ。
もおお古いにも程があるって!!


懐中電灯なるものは常備していないのですが、
蝋燭がたくさんあったので一時間弱それで過ごしました。


スコンスみたいな蝋燭立てを持ったままお外に出てしまい、
近隣住民に普通に話しかけてしまってましたが
・・・よく考えたら、いつの時代の人?って思われたかもしれませんね。はずかしい。


大元の配電盤が原因らしいのですが、ショートしたのか落ちたのか分からず仕舞い。
お蔭で、今日の朝は腰が痛いです。
復旧した後、湯船に入って温まったのにも関わらず部屋が寒くなってたもので・・・


古い建物にお住まいの方は、可能性としてこういうことも無きにしも非ずです!!
というか、持ち家だったら絶対ありえないであろうことが多すぎるぜ!!

その分だけスリル満点ということですね(笑)


+++++++++++++++++


さて、与太話が長すぎました。
今日はイタリア・フランス旅の模様を書いていこうと思います。

この旅に関しても、じっくりゆっくり決めたというわけれではなくて
行きたい場所が組み込まれているツアーを見つけて行ったという感じでした。

その他に行くところの半分くらいは、実はパンフレットをちゃんと見ていなくて、
当日に「ここ行くのか!!」と知った感じで・・・


ある意味弾丸ツアー(笑)


関西国際空港からフランスのシャルル・ド・ゴール空港を経由して、
イタリアのレオナルド・ダ・ヴィンチ空港へ飛ぶ経路です。

ナポリのホテルに着くまでの移動時間、なんと14時間!!
そのほとんどが、飛行機の中!!


空の上から結婚式をしたホテルが見えて、


テルマエ・ロマエを飛行機の中で上映していたのでそれを見ながら外を見たら
もう真っ暗になってました。
次の日からローマに行きますからね、ちゃんと見ておきたかったので
眠かったけど、しっかりみました(笑)

日本を出発したのは2時くらいだったんですが、結構早い時間に暗くなるんですね。。。

飛行機の中ではあんまり眠れず、です。
ナポリのホテルに着いたのは、現地時間22時半頃でした。
日本時間でいうと、午前3~4時くらいでしょうか。

けれども、着いてからはちゃんと睡眠がとれるので
ヨーロッパの時差ぼけというのはそんなにきつくはないのだとか。

そんな感じで、一日目は移動&睡眠で終了!!
遠いところに行くときは移動で二日間見ないといけないのはこういうことなのかと
身を以て知りました・・・

さてそして二日目の朝。
食事はこんな感じでした。


パン、ハム、チーズ、菓子パン、ハム・・・
生野菜がない。

そう、向こうでは朝は野菜が出ないんですね。
ホテルのグレードにも関わってくるのかもなんですが、基本的に朝はどこでもこんな感じでした。
この日から、私たちはフランスに行くまで食難にみまわれることになります・・・


ご飯を食べたあと、さっそくナポリ市内を通ってカプリ島への船の発着所へと移動です。
イタリア初日は、有名な「青の洞窟」観光とポンペイ遺跡観光でした。


晴れです。青空に赤レンガが良いコントラスト・・・

かわいい街並みの特徴は石作りの建物と、洗濯物。

ナポリは洗濯物をちゃんと外に出して干す派。

これが、フランスでは絶対に外に干さないのだそうです。
景観が崩れるからというのと、フランスは乾燥しているので
部屋で干してもすぐに乾くらしく、街並みも雰囲気も国では全然違うことが分かりました。


船の発着所・・・名前が分からなくなった(涙)
なので割愛しますが、発着所の真ん前にはヴェズビオス火山が綺麗に見えました!!

でもわたしには会津磐梯山と猪苗代湖にも見えてしまいました(笑)
形が似てるもので。。。


海もこの時期には珍しく風も吹かない波も立たない好条件。
実は、最初に行った青の洞窟・・・11月12月など冬の時期は中に入れる確率が
なんと20~40%なのです。

一か月に一回か二回入れるか否かの確率しかないのです。
私たちもツアー会社からその旨は聞かされていたのですが・・・
なぜかその話を聞いたとき、入れないという気がしなかったんですよ。


そしたらこの快晴と海。

ここはサンタルチア地方・・・聖ルチアという海神がまもる地域だそうです。
ルチアさんって人は全然知らないけど、このときばかり感謝しました。



カプリ島到着。
そして青の洞窟ツアー受付場へ移動です。
ここでその日洞窟へ入れるか否かが決定するのですが・・・今日は・・・





やった!!オープン!!入れる!!!!
奇跡的に入ることが出来ました!!

これは本当奇跡らしいです。


この11月、洞窟に入れたのは私たちがカプリ島へ渡ったこの午前中のみだったようです。
この日の午後からは海が時化てしまい、午後だったらもう無理だったそう・・・


いやーよかったです。
そんな感じで洞窟のあるポイントへ移動。

ここです。

小っちゃい・・・
手前の船に対してもこの船が入れるぎりぎりのスペースしかないじゃないか。


実際、入る瞬間がこれだ・・・!!

天候、潮の条件が合わないとなぜ入れないのか。
それは洞窟の入り口がこんなに狭いので
天井を押して、船を沈ませながら入らないと絶対に中に入れないからなんです。

そんな無理くりはいる感じなんだとこの時添乗員さんの説明で初めて知りました・・・!!


わーきゃーめっちゃ怖い思いをしながら入って撮った写真。


めっちゃ青!!

ぶれてますが、まっさお・・・
底地の砂が白く傾斜があるため、光を反射してこんな美しい色が出るようです。

でもこの何とも言えないブルー、カプリブルーです。
これが難なく見れたこと、本当感謝ですね。

カプリ島の港のコンクリート壁に聖ルチアが祀られたのを見つけて
洞窟から帰ってきたあと思わずその祠に合掌してきちゃいました、日本方式のお祈り(笑)



そのあとはちょっと散策タイムを頂いて、お昼ご飯をカフェで食べてみました。
しかし頼んだあとに気が付いたのですが、
・・・ツアーのほうで昼ご飯用意されていたのです・・・・

なのでこの日は四食も食べてしまいました。もう小麦粉攻めでお腹が爆発しそうでした。



これは、歩かなければやばい。
ということで、午後はポンペイ遺跡見学です。
私たちが歩いたのは遺跡のほんの一部ですが、それでも相当な距離を歩いた気がします。


ポンペイ遺跡、入り口。
ポンペイとは、紀元後79年のヴェズビオス火山噴火の際、
火砕流と火山灰によって地中に埋もれた町です。

18世紀に発掘が始まり、今はユネスコ世界遺産に指定されています。


入り口から見た遺跡。
結構そのまま残っているんですね。


だいたい、当時の生活の感じが見て取れます。
これは一般市民の民家あと。
大きい壺とか部屋の間取りとか天井はないにせよ、本当そのまんまで。
自然災害で一瞬にして多くの命が消えたんだということを今に伝えています。


これは車道です。上・奥側が歩道にあたります。

そして真ん中の置石は、なんと横断歩道。この石と石の間を荷車等が通っていたんですね。
歩道と車道・・・結構高低差があるんですが、
これは当時車道が「汚水」を流すところでもあったからなんだとか。
なので絶えず車道は汚水浸し・・・だから飛び石のように横断歩道があったわけです。

あと、写真手前・右側の車道に白い石が埋め込まれています。
これは大理石で、
夜道が暗くても月明りで「ここが車道」とわかるように埋め込まれていたようです。

これが、ローマの技術か・・・!!
日本が弥生時代くらい?だったのに、こんなぴっちりに石も組めてこんな工夫もあって・・・
この写真一枚だけでも恐ろしく文明が発達していたんですね。



そしてその文明の高さとしてとてもびっくりしたのが、これ。
写真真ん中にある管みたいなもの、これはなんと水道管なのだそう。
裕福な家庭にはこの水道管は直接引かれていて、水を汲まなくても飲めたそうです。

しかもY字路の中心には必ず水道場が設けられていて、
道路の汚水を流すと同時に生活飲料水としてもしようされていました。

ローマの技術力、たかすぎ。


で、もっと驚いたのは、テルマエ(共同浴場)が残ってたということです。

テルマエ、入り口。
中に入ると、まず体を動かして汗をかくためのスペースがあります。
今はお庭になってたので割愛。


次に内部散策。
上写真は、男性用水風呂。


天井壁画も残っていました。
この土地独特の蔦?草の文様が見て取れます。

水風呂から中温部屋を通って、高温部屋の浴槽へ入ってきました。
高温部屋というのはその名のとおりあついお湯のお部屋。
周りが石でできているため、足元が熱くなるのを防ぐのにこんなものがありました。


大理石の噴水?といったらいいのか。
とかく、この中心から足元が熱くならないように絶えず水をながしていたそう。

ざっと流してみましたが、テルマエはちゃんと考えられた機能的なお風呂だったんですね!!
しかし現存しているテルマエは少ないそうです。
タイムリーなときに見に行けてすごい勉強になりました。


その他、アポロン神殿

中央広場、から見たヴェズビオス火山




遺跡とともに、火砕流で亡くなられた方も展示されていましたが、
悲痛な顔なのでここには載せないことにします。

本当亡くなった瞬間で時間が止まったかのような状態なんです。

遺体は火山灰で埋もれてそのうちわずかな骨だけになっていきますが、
人の形をした空洞だけが残るので、そこに石膏を流して、固めたものが展示されています。

だけど、苦悶の表情は二千年経った今でもそのまま。
暮らしぶりが鮮明に残っているだけ、
この火山噴火が酷いものだったというのがよくわかりました。


ところどころクローバーが生い茂っていて、
その場だけが生き生きとしているかのようでした。


大規模な場所の遺跡観光ってすごいですね。
昔の人の考えや暮らしぶり、生活の知恵なんかを見ると圧巻です。

一日どんなだったか記事にするだけで、こんなに長くなるのもないですね。
イタリア二日目は、ローマ観光です。


きりがいいのでまた明日!!


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2012年12月26日水曜日

御無沙汰しておりました!!

うっひゃああああお待たせしすぎて申し訳ありませんでしたああああ!!!


ようやく全てのイベントが終了し、心にゆとりが戻ってまいりましたので
今日からブログも再開します!!



気合入れて頑張ります、よろしくおねがいします!!



さて。
気が付けば、最終記事から三か月くらい経ってしまってて
きっと私のブログの存在も忘れているんじゃないかなとちょっと不安。
しかし、この三か月間revyは激動の時期だったようでいろんなことがあり過ぎて・・・



正直どこから、何から書いていったらいいか分かりません(・Д・)ガーン



なのでその中でも真っ先に報告したい事柄から書いていきたいと思います。



九月ごろ、雑誌「ビーズフレンド」誌上のビーズコンテスト募集を発見したのですが、
そのときのお題が自分の作品とマッチしていたので、
二週間を切ってのところで思い切って、そのコンテストに作品を出すことに決めました。

実は、この時11月に内々で結婚式という大イベントも控えていて
自分の着るドレス用のネックレス等そのほかも制作している最中だったのですが・・・

もしコンテストの結果発表が結婚式に間に合ったら、
お母ちゃんへのはなむけになるかなと思ってブログにも書かず
(お母ちゃんもこのブログ見てるのでばれないように)
ひそかに頑張っておりました。


が。


結局のところ、結果発表は11月28日だったので24日の結婚式には間に合わず仕舞い。
結果もしらないまま、私はイタリアへ旅立ってしまいました・・・


しかもイタリアに着いた頃には、結果のことなんてさっぱり忘れてて
古代ローマの建築技術が凄過ぎて、いろんなことがすっとんじゃってました。
本場のテルマエを見たら、テンションもあがっちゃいましてね。。。


最終日、フランスから日本に帰ってくるあたりで思い出したので、
帰ってきてからさっそく、
本屋に行ってビーズフレンドの結果発表の記事を読みに行きました。

そしたら。





小っちゃくだけど載ってました!!!!
入選しておりましたあああああああ!!!!






いやったあああああああ!!!




見に行くときはもう本当ガクブルしてて、お蔭で車の底を変なところにすっちゃっいましたよ。
あんなとこ、見えないからいいんだ・・・


もう箸にも棒にもかかってないものだと思ってましたが、棒には引っかかったようです。
全国誌のメジャーなところで棒に引っかかったのは喜ばしいことです。
これをバネに次も頑張れそうです。

そして今日ようやく正面からの写真を載せれます!!やった!!
こちらです、じゃん!!


題名は「阿吽の呼吸」。
この龍、阿吽になってるんです。夫婦と言ってもいいかもしれません。



真ん中には40ミリ以上の水晶を使用し、龍たちが守っているのはラリマーです。
今年は「みずのえたつ」、つまり水龍の年にあたるそうなので
龍は淡いブルーで統一してみました。


そしてこれと同じイメージで作られたのが、
今回結婚式で使用したカクテルドレス用のネックレスです。


以前、ラリマーがはまっていた丸いモチーフを何個か作っていたのですが
最終的に全体像はこんな感じになりました。


今撮影台がもの置場と化しているので、携帯カメラで全体を。
手法はテグスモチーフとワイヤーアートです。
寸法は計算しながらやっていますが、デザインはその場の思いつきでした。
もう好きなようにやった感がありますね。
最終的に完成したのは、本番の一週間前で作り終わった後はもう腑抜け状態・・・


これの他にも、ウエディングドレス用ヘッドセットも作りました。


片方に大きなバラの花が付いている花のカチューシャです。
何だか知らないけれど、ティアラを付ける気にはならなかったので
最終日近くなってから急きょ制作したものです。




まとめてみると自分にとっては結構な制作量となりました。

上のネックレスは、デザインが出てくるまでに相当時間がかかりましたし
最後なんか、もうエネルギーを搾り取る勢いで完成させた感じです。
もうなりふり構わず制作に打ち込んでいたので結婚式の段取りも、
半分以上夫にやらせてたんじゃないかなと思います。



このなりふり構わずな制作のせいで、周りも気にかけずかなりの迷惑かけてしまったようです。
本当、大変申し訳ありませんでした・・・・


ゴメンネ!!!


そしてその反動で只今revyは燃え尽き症候群になっています。
作る気力がまだ回復していません。

うわああああ次の仕事控えているのにこの空虚感なんとかしたいです。

次の仕事もかなり大物の制作。
依頼してくださった方に大変失礼なので早く制作に入りたい・・・!!


今年もクリスマスが過ぎて、残すところあとわずかになってしまいました。
やり残したことを来年に持ち越さないように頑張りたいと思います。


そして。
今回のイタリア・フランス旅行では日本に対する価値観も考えも変わって帰ってきました。
すごくイメージを掻き立てられるような美術品、建造物の数々・・・

宗教観・・・風習・・・バラ男・・・

そちらのほうも旅日記として時間が空いているときに
ちょこちょこアップしていきたいと思うので見て頂けたら幸いです。


これからもよろしくです♪
そしてこちらもぽちっとよろしくお願いします。
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2012年10月5日金曜日

龍の旅立ち

なんと、ビーズコンテストの書類審査通ってましたああああ!!!
よかった・・・書類の時点で落とされたら立ち直れなかったです。


そんなわけなので、今日午後は龍の梱包作業をしていました。
特殊な形をうまく保って移動させねばならないので、

丁度いい段ボールの中に、蛇腹状の囲いを作ってみました。


こんな具合の段ボールを、


あ、もうなんだか分からなくなってしまいました・・・すみません汗
途中の経過写真、撮り忘れた。

上の写真の物をおってまるめて段ボールの側面にくっつけた感じです。
あとは周りを過剰に梱包して出来上がり。



そして、先ほど東京に向けて出発いたしました。


うわーなんか、さびしいですね・・・
ちゃんと戻ってくるんですが手元に光がなくなったかのようなこの喪失感。
だけど、もうここまで頑張ったんです、あとは心穏やかに祈るのみ。



昨日はうれしいことダブル続きでした。

なんと、違う分野で頑張っているお友達も作った作品が上に認められたそうで、
待ちに待った瞬間が来てくれて本当自分のことのようにうれしいです!!!

しかも自分が書類審査通ってたやったー!!って言った直後
携帯を見たらその一報が入っていたのでなんというかすんごいシンクロでした。


来週、お友達の作品見るの超楽しみです。


さて、これで一段落です。
心を落ち着けて制作出来る・・・!!



久しぶりに押していってね!!

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